熊野和紙体験工房おとなしさんとのコラボ商品、作りました!


梛の押し葉
梛の押葉 音無紙包み 熊野和紙体験工房おとなし限定コラボ商品

熊野和紙体験工房おとなしさんとのコラボ商品の梛の押し葉を作りました!

おとなしさんの手すきの和紙・音無紙(おとなしがみ)で、梛の葉を包んでいます。

梛の葉を包んだ紙にはおとなしさんの八咫烏のマークを印刷しています。

音無紙

音無紙は本宮町で生産される和紙。音無紙は熊野紙ともいわれ、熊野本宮の牛王神符にも使われたと考えられます。1960年代頃に生産者がいなくなり、その伝統は失われましたが、2009年に復活されました。

以下は、熊野が誇る世界的博物学者・南方熊楠の民俗学における唯一の弟子・雑賀貞次郎の一文「花井の紙子」より。

熊野紙は「奥熊野四村荘高山村、小津荷村の二村より製し出す」と続風土記にあり、高山、小津荷は現今東牟妻郡敷屋村に属し、今も製紙に従業するもの三十余戸あり、白河法皇熊野参詣前よりその業をなし来れりといい、当時は十津川紙と称し御用紙に供したという。御用紙とは午王紙のことならんかとは東牟婁郡誌の説だが何とも分らぬ。以前より半紙よりも塵紙の優良なを産し本宮紙の名で知られたこともあるが今は音無紙の名を以て愛用されている。

雑賀貞次郎『南紀熊野の説話』紀南の温泉社 昭和9年

八咫烏

八咫烏は熊野の神使。3本足のカラスの姿で描かれますが、本来的には大きなカラスであり、『古事記』の序には「大烏」と書かれています。現存する文献の上では最古の熊野縁起である「熊野権現垂迹縁起」では最初に熊野の神様をお祀りした人物は狩人であり、その狩人は八咫烏によって熊野の神様のもとへと導かれたとされます。

熊野和紙体験工房おとなしさんは熊野本宮大社旧社地・大斎原の西の鳥居近くの国道沿いにあります。熊野本宮大社にお参りの際にはぜひお立ち寄りください。